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「チーム担任制」に取り組んできた中で、嬉しいことはたくさんありますが、とりわけ「自走するチーム」が育っていることは、私にとって大きな喜びです。

チーム担任制と教科担任制では、児童に関する情報を共有し合うなど、チーム内でのコミュニケーションが欠かせません。「その分、負担が増えるのでは」というご意見も見受けられますが、このコミュニケーションの本質は、本校の職員室スローガンである「ひとりでしない ひとりにしない。」にぴたりと重なります。

チームはコミュニケーションを重ねながら、様々なことを話し合い、決めていきます。「変わらないことは、変わり続けること」を合言葉に、変化を恐れずチャレンジしています。そこに管理職からの、いわゆる「介入」はほとんどありません。アドバイスを求められたときは一緒に考えますが、基本的にはチームに委ねています。

これが、まさに「チームが自走している状態」です。

文部科学省は、「教師の学びの姿も、子供たちの学びの相似形」というメッセージを発信しています。私たちは、自分の仕事を自分たちで決めることが自分たちのウェルビーイングにつながると信じています。そして、その姿勢が子どもたちの手本となるよう、日々の教育活動に臨んでいます。

40分授業の中で生まれる5分を積み重ねたイサキダタイムの30分を「余白」と表現しましたが、導入当初からその目的は明確でした。

「学習者がそれぞれの興味・関心や学習進度に応じて、教科や学習内容・形態を自ら選択・決定し、学び合う時間」

肝心なのは、「選択し、決定すること」です。

学校はこれまで、あまりにも「許可システム」として機能しすぎていたのではないでしょうか。「トイレに行っていいですか?」「給食を残していいですか?」――こうした場面に象徴されるように、過度な「管理」が優先されるあまり、人間が本来もつ選択・決定の自由が奪われてきた面が少なくありませんでした。

学習においても同じことが言えます。とりわけ宿題は顕著です。家庭での時間の使い方に対して、学校が学習の時間と内容を一方的に決めてしまうことは、甚だ僭越な行為と言わざるを得ません。本来、宿題とは子ども自身が考え、家族とも相談しながら決めていくものではないでしょうか。

宿題に限らず、「今日の算数がまだ終わっていないから、少し復習しよう」と自らの学びを振り返り、次の行動を決めていく――そうした「自己決定」の積み重ねの中にこそ、大きな成長があると考えました。それがイサキダタイムを設けた理由です。

 

午前5時間40分授業による「削られた5分」から生まれたイサキダタイム(30分)は、次期学習指導要領を検討する中央教育審議会で議論されている「調整授業時数制度」として注目されています。そのキーワードのひとつが「余白」**です。

「子どもにも先生にも、もっと余白の時間を」この「余白」という考え方は、イサキダタイムの理念と完全に一致しています。

学校では、授業以外にもさまざまな場面で時間が必要になります。連絡事項の伝達、各種アンケートの実施、プリントの配布、そして時に必要となる「説諭(いわゆる説教)」などがその例です。しかし現実には、こうした突発的な出来事に充てる時間を確保することは容易ではありません。

そこで私はこう呼びかけています。

「午前中はしっかりフルタイムで授業を行ってください。細々とした用事はイサキダタイムを活用してください。」

この日課表には、午前中を学習に集中できる落ち着いた環境として守るという効果があります。

「午前5時間40分授業」と30分の「イサキダタイム」、どちらをしたかったのかと言えば、「どちらも」というのが正解です。

「午前5時間40分授業をやりたいからイサキダタイムをつくった」とも言えますし、「イサキダタイムをつくりたいから午前5時間40分授業にした」とも言えます。

それほど、どちらも意味のあるものです。

まず、午前5時間40分授業では、1時間あたりの授業時間が1割減となります。これは、自分の授業を大幅に見直さなければならないことを意味します。校長からのアドバイスはひとつだけ。「まず、無駄を削ってください」

教科担任制では、同じ授業を繰り返すことで授業が洗練されていくと書きました。まさしく、「無駄が削れる」からです。無駄が削れれば、それはシンプルに「いい授業」へとつながると確信しています。導入当初は、苦戦する先生方の姿も見られましたが、今では授業時間が延びることなく、その時間内に収めることができています。

チーム担任制とともに注目を集めた取り組みがあります。伊﨑田小では、通常の「午前4時間45分授業」に代えて、令和6・7年度より「午前5時間40分授業」を実施しています。

令和6年12月、新しい学習指導要領の検討が始まった頃、「授業5分短縮、学校裁量で」という見出しが話題になりました。これを受け、「すでに取り組んでいる伊﨑田小は特例校なのか?」という問い合わせが多数寄せられました。結論から言えば、特例校ではありません。どの学校にも認められた裁量の範囲内で実践したことです。

各授業から短縮した5分を積み重ね、1日30分のまとまった時間を生み出しました。この時間を「イサキダタイム」と名付けました。

実は、最初に思い描いた名前は「トモエの時間」でした。黒柳徹子さんの著書『窓際のトットちゃん』に登場する「トモエ学園」から取った名前です。「トモエ」という響きには、子どもたちの主体性をもっと伸ばしたいという願いを込めていました。

(明日へ続きます)

 

「チーム担任制では、責任の所在が曖昧になるのではないか」というご指摘をいただくことがあります。答えはシンプルです。

学級経営の責任はチームが負う。授業の責任は授業担当者が負う。

それ以外および最終的な責任は校長が負う。

以上です。


実は、小学校における教科担任制がなかなか定着してこなかった背景のひとつに、この「責任」の問題があります。授業がうまくいかないとき、その責任がクラス担任に向けられることがありました。確かに、学級経営が安定しているクラスでは授業もしやすくなります。だからこそ、「授業の成否を担任の学級経営に求めたい」という気持ちも、自然なことだと思います。

しかし、チーム担任制のもとで教科担任制を行うと、このギャップが生じません。

「授業がうまくいかない」→「学級経営に課題がある」→その改善に動くのはチーム自身です。

問題が他人事ではなく、「自分事」になるのです。


伊﨑田小学校の研究が導いた結論は明快です。

「チーム担任制」×「教科担任制」——この組み合わせの相性は、抜群によい。

「チーム担任制をしたいのだけど、とりあえず教科担任制だけになりました。」というお話をいただくことも少なくありません。小学校では、教科担任制への移行が急速に広がっています。そのメリットは、多いと思います。

担当教科について深く学ぶことができる。これが、複数学級を担当すれば、はっきりと表れる効果でしょう。同じ授業を繰り返すことで、2回目・3回目はより上手にできるようになります。それは、「無駄を削れる」からです。

無駄のほとんどは「教師のしゃべり」の中にあります。教師の言葉を削ることで子どもの理解が深まることを実感し、そのまま次の授業へのフィードバックとして活かせます。そうやって、授業の腕を磨いていくことができるのです。

単学級の伊﨑田小は、同じ授業をすることはできませんが、もちろんメリットがあります。先生方からよく聞かれるのが、「2学年分の系統性がよく分かった」という言葉です。例えば、3年生と4年生の算数を担当していれば、単元によっては3年生の学習が一年後に4年生の内容へと続いていることが見えてきます。どこでつまずきやすいか、そして次学年の学びにどうつなげればよいかが、自然と見通せるようになるわけです。

伊﨑田小の教科担任制は、原則チーム内で行っています。とりわけ、初任者が4年間で満遍なく教科指導を経験できるよう配慮することを第一に考えています。

本校のチーム担任制には、いわゆる「リーダー」という役割を設けていません。しかし実際には、自然とそれを担ってくださっている先生方がいます。

特に、制度をスタートさせた令和6年度に中心となって引っ張ってくださった先生には、感謝してもしきれない思いがあります。

これまでお話ししてきたとおり、小学校の先生は「自分が理想とする学級を自分の手で育てたい」という強い思いを誰もがお持ちです。

チーム担任制は、その思いを「いったん脇に置いていただくこと」からスタートします。力量のある先生ほど、それは容易に受け入れられないことだと、十分に承知しています。それでも本校の職員は、「チームへ貢献することの大切さ」へと意識を切り替え、とりわけ「若手の育成」に目を向けてくれました。

忘れられない言葉があります。昨年度、チームリーダーを担ってくださった先生に初めて個別にご相談に伺った際、先生はこうおっしゃいました。

「面白そうですね。ぜひ、やりましょう。」

その一言を聞いた瞬間、本校のチーム担任制は必ず成功すると確信しました。

「同僚性」という言葉が学校現場にもよく用いられます。

「同僚性を高める」ことは、現場にチームの生産性向上やトラブルの未然防止など、多くの恩恵をもたらします。

個々人の力量がいかに優れていても、それだけでは組織としての強さには限界があります。チーム単位での連携、さらには学校全体に同僚性が根付いていくことに、私は大きな期待を寄せています。

そのための方策は数多くありますが、なかでも「仕事上での成功体験を積み重ねること」は欠かせない要素だと確信しています。華々しい大きな成功よりも、日々の小さな成功の積み重ねこそが、チームの土台を着実に強固なものにしていくと実感しているからです。

一方、あえて申し上げたいことがあります。私がそれほど重視しないのは「仲の良さ」です。誤解を恐れずに言えば、「互いに気持ちよく、きちんと仕事を遂行し合える関係」こそが、同僚性の本質だと考えています。馴れ合いはなく、プロフェッショナルとしての信頼と敬意に基づいた関係性——それが、真に強いチームをつくる礎になると信じています。

本校の令和7年度のチーム担任制は、低学年(1・2年)、中学年(3・4年)、高学年(5・6年)の3ブロックに分け、それぞれ3名のチームで構成しています。

チーム担任制を導入したからといって、特別に教員が増員されるわけではありません。教員数は通常の定員どおりで、通常学級6クラス(1学年1学級)の担任6名、特別支援学級2クラスの担任2名、理科専科1名の、計9名で運営しています。

本校の特別支援学級の担任は、朝の会や給食指導など、日常的にチームの一員として活動しやすい環境にあります。ただし、これは在籍児童の状況によって学校ごとに大きく異なるため、一概には言えません。

だからこそ、

「この体制こそが、今年度の伊﨑田小におけるチーム担任制の最適解である。」

と考えています。

チームで取り組むことは、先生一人ひとりに心理的安全性をもたらします。安心できる環境の中で小さな成功体験を積み重ねることが、個々の自信へとつながり、さらにはチーム全体の同僚性(チームワーク)の構築にもつながっていくと考えています。

 鹿児島県教育委員会から令和7年度「「体力アップ!チャレンジかごしま」の年間ランキングが発表されました。「長縄エイトマン」におきまして、本校からベスト10に2つの学年が入りましたので紹介します。

本校では、今年度、全学年で「長縄エイトマン」に取り組んできました。全ての児童が精一杯取り組み、運動をする習慣が確実に身につきました。

種目 【長縄エイトマン】
2年生学級 鹿児島県で 5位 記録3分間で281回
4年生学級 鹿児島県で10位 記録3分間で315回
 

昨年度、チーム担任制についてテレビ取材があり、児童へのインタビューが行われました。その中で、ちょっと驚かされる言葉がありました。スポーツが得意でリーダーシップも抜群、高学年らしい頼もしい児童が、こう言ったのです。

「1人の先生が休んでも、他の先生がまだいるので寂しくない。」

高学年の児童であっても、担任の先生が休むと「寂しい」と感じているのか

その言葉は、小さくない衝撃でした。

小学校の担任という仕事は、学級のあらゆることに一人で向き合う楽しさとやりがいがある反面、「一人で責任を負い、一人で抱え込む」構造でもあります。

だからこそ、休むことへの躊躇が生まれやすい。少々体調が優れなくても、家族の大切な行事があっても、つい仕事(学級)を優先してしまいがちです。

お子さんの用事などで休む際も、「すみません」という言葉を残して職場を後にする場面が少なくありません。伊﨑田小では、こういったときにかける言葉として「すみません」ではなく「ありがとう」を用いるようにしています。体調不良で休むときも、同じです。

「お互い様」という意識は、チーム制だからこそより自然と育まれる

そう感じています。

「チーム担任制」を始めた大きな理由のひとつは、教師がより成長できる環境を整えたいという思いからです。そしてとりわけ、「小学校の先生になりたい。担任がしたい」「小学校で働いて、子どもたちと共に幸せになりたい」という、初任者の純粋な願いに応えたいという気持ちが根底にあります。

近年、さまざまな理由から学校現場を離れる方が増えています。

https://373news.com/news/local/detail/229939/

前向きな理由であれば、それはひとつの選択として尊重されるべきことです。しかし、本人が不本意なまま転職を決断せざるを得ない方も、決して少なくないと聞きます。厳しい時代の中で、それでも「子どもたちのために力を尽くしたい」と志を持って飛び込んできた、大切な仲間たちです。

だからこそ、チーム担任制は「ひとりで抱え込まなくていい」という仕組みでもあります。困ったときにすぐ隣に相談できる人がいる。悩みを分かち合える仲間がいる。そうした環境の中で、先生たちには長く、そして生き生きと働き続けてほしいと思っています。子どもたちの笑顔を守るためにも、まず先生自身が笑顔でいられる学校でありたい

それが、この取り組みに込めた願いです。

 

 

小学校教員の醍醐味。それは「学級担任」であることに、疑いの余地はないでしょう。「小学校教員になりたいけれど、学級担任はちょっと…」という人は、まずいないはずです。

皆さんもご理解いただけると思いますが、小学校における担任の楽しさ・やりがいは、格別なものがあります。

そんな中、興味深い取組とデータがあります。山形県の事例です。山形県では、初任者の1年間は、ひとりで学級担任を担うことはありません。次のふたつのパターンがあります。

① 大規模校向け : 学級副担任として配置 

② 小規模校向け : 学級担任に支援員(サポーター)を配置

どちらも素晴らしい取組です。この制度が始まった2023年・2024年は、精神疾患による休職・退職がゼロとなり、制度の目的を十分に果たしています。

私が特に興味深いと感じたのは、当事者の満足度です。結果は、予想を裏切るものでした。

「満足・どちらかと言えば満足」と答えた割合は、

  • ①の先生 : 72.8%
  • ②の先生 : 91.4%

①と②の間には、約19ポイントもの開きがあります。

つまり、副担任として「サポートに徹する立場」よりも、担任として「支えてもらいながらも自分のクラスを持つ立場」の方が、満足度が高いのです。ここに、「やっぱり担任をしたい」 という教員の純粋な想いが、はっきりと表れているのではないでしょうか。