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【校長ブログ】小さな改革かもしれない。それでも始める理由がある

チーム担任制については、さまざまなご批判をいただきます。
「責任がぼやけるのではないか」
「子どもを深く見られなくなるのではないか」
「先生間の共有が回らないのではないか」
「結局、人手不足を制度でごまかしているだけではないか」
どれも、私は的を射た批判だと思っています。

まず率直に申し上げたいのは、私はチーム担任制を“完成された理想の制度”だとは思っていないということです。
むしろ、これだけで学校の課題が解決するとも思っていません。
言い方は慎重であるべきですが、いわばこれは抜本改革というより、今の学校現場でできる現実的な改善策のひとつです。

では、なぜそれでも取り組むのか。
それは、今まさに目の前で苦しんでいる子どもたち、先生方、保護者の皆さんがいるからです。
特に私は、苦しんでいる若手教員を何とか支えたいという思いを強く持っています。
一人の担任が、学級経営、授業、生徒指導、保護者対応、事務処理まで抱え込み、追い詰められていく。
その姿を見ながら、「理想の制度が整うまで待とう」とは、私には言えませんでした。


1. 「責任がぼやける」への考え

この批判は、その通りだと思います。
複数で見る以上、何もしなければ責任の所在はあいまいになります。
だからこそ、チーム担任制は「みんなで見る」だけでは成立しません。
“みんなで見る”と同時に、“誰が最後まで受け持つかを明確にする”ことが必要です。

私たちの学校でも、全員で関わる一方で、個々の子どもや案件については、必ず中心となる教員を決めています。
チームで支え合うことと、責任を曖昧にすることは、同じではありません。
むしろ私は、一人に責任を集中させすぎないことと、最終責任を不明確にしないことの両立が大切だと考えています。


2. 「子どもを深く見られなくなる」への考え

これも非常によく分かる批判です。
小学校では、子どもを深く理解し、日々の変化に気づくことが何より大切です。
その意味では、一人の担任が濃く関わるよさは、確かにあります。

ただ、私は一方で、一人だけの目で深く見ることには限界もあると感じています。
一人の先生には見えにくい子どもの表情や変化が、別の先生には見えることがあります。
ある先生には話せないことを、別の先生には話せる子もいます。

もちろん、複数で見るだけで自動的に子ども理解が深まるわけではありません。
ですが、今の子どもたちの多様さを考えると、「一人の深い理解」だけでなく、「複数の大人による多面的な理解」も必要な時代だと感じています。
私たちは、一人の担任が深く見るよさを手放すのではなく、チームで補いながら、より立体的に子どもを見ることを目指しています。


3. 「先生間の共有が回らない」への考え

これも、その危険は現実にあります。
共有が回らなければ、チーム担任制はうまくいきません。
むしろ、共有が不十分なら、従来の学級担任制より混乱することすらあります。

ですから、私はチーム担任制の本質は“制度”そのものではなく、対話と共有の文化を学校の中につくれるかどうかだと思っています。
時間も手間もかかります。
正直に言えば、面倒です。
しかし、その面倒なことを飛ばして、この制度だけを形だけ入れてもうまくいきません。

だからこそ私たちは、短い時間でも毎日顔を合わせること、気になる子どもの情報を小さなことでも出し合うこと、若手が一人で抱え込まないことを大切にしています。
共有はコストではありますが、私はそれを「事故を防ぐための必要な投資」だと思っています。


4. 「結局、現場の人手不足を制度でごまかしているだけでは」への考え

この批判は、最も重く受け止めなければならないと思っています。
本来必要なのは、十分な教員配置であり、学校への人的支援であり、持続可能な教育条件の整備です。
それが十分でないまま、制度の工夫だけで乗り切ろうとすることには、限界があります。
その意味では、「ごまかしではないか」という指摘に、耳をふさいではいけないと思っています。

ただ私は、それでも何もしないことのほうが無責任だとも思っています。
人が足りない。現場は厳しい。若手は苦しんでいる。
だからこそ、「人が増えるまで待つ」のではなく、今いる教職員で少しでも支え合える形をつくりたい。
それがチーム担任制に取り組む理由です。

つまりこれは、人手不足の問題をごまかすためではなく、
人手不足という厳しい現実の中で、目の前の子どもと先生を少しでも守るための応急策であり、現時点での最善策のひとつだと考えています。


チーム担任制は、決して万能ではありません。
課題もあります。批判される理由もよく分かります。
私自身、これがベストだと言い切るつもりはありません。

それでも、今の学校には、
一人の強烈な個の力に頼るだけでは支えきれない現実があります。
だからこそこれからは、「強い個人」だけでなく、「総合的なチームの力」で子どもを支える学校が必要だと考えています。

完璧ではなくても、未完成でも、今できる最善を尽くす。
その中で、苦しんでいる子どもたちを、若手教員を、そして保護者の皆さんを、少しでも支えたい。
チーム担任制は、そのための一つの答えです。