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令和2年5月20日(水)
 6人それぞれのゾウ
 たとえばここに茶筒があるとします。茶筒のような円筒のものを他人に説明しようとする場合,縦に垂直に切ると,切り口は長方形になります。横に水平に切ると,切り口は円になります。斜めに切ると,そこには楕円形の切り口があります。
 このように,一つのものでも,その切り取る向きによって,他とはまるで違う形の切り口が現れるのです。
 このように,ものの見方,考え方はいろいろあります。
 ここで「6人それぞれのゾウ」の逸話(いつわ)を紹介します。
6人の目の不自由な人が生まれて初めてゾウに触れたそうです。
足に触った目の不自由な人は
「ゾウとは木のようなものだ」と言いました。
しっぽに触った目の不自由な人は
「違う。ゾウとはロープのようなものだ」と言いました。
鼻に触った目の不自由な人は
「何を言うか。ゾウとはヘビのようなものだ」と言い,
わき腹に触った目の不自由な人は
「いやいや,ゾウとは壁のようなものさ」と言いました。
耳に触った目の不自由な人は
「バカだね。ゾウとは木の葉のようなものだ」と言い,
牙に触った目の不自由な人は
「ゾウとは槍(やり)のようなものだ」と言いました。
私たちは,物事の一面しか見ずにあたかも全て知っているようなつもりになっているようなことは,ないでしょうか。自分の感じ方,考え方がすべてではないことに思いを馳せましょう。

令和2年5月19日(火)
「五つの木」
 志布志中の生徒の皆さんは,五つの木を知っていますか。五つの木とは,歌手の五木ひろしさんとは関係はなく,皆さんに是非持ってほしい「木」です。そして,5つの木(気)をもって何事にも取り組んでほしいと思います。
1番目は「やる木(やる気)」です。 どんな事でもやる気をもって行動しましょう。
2番目は「ゆう木(勇気)」です。 いざという時,ここぞという時の勇気は大切です。良いことは勇気をふりしぼって行い,悪いことは断る勇気を持ってください。
3番目は「こん木(根気)」です。 物事に粘り強く取り組み,すぐにはあきらめないことです。根気は,最後の最後に生きてくるものです。
4番目は「は木(覇気)」です。 『覇気』とは「自らの意志の力」であり,その意志によって流れる”体内エネルギー”のようなものを比喩的な表現をした「気配」「気合」「威圧」「殺気」「闘争心」「怒気」などと同じ概念で,目に見えない感覚を操ります。元気のないところからいいものは生まれて来ません。
最後は「のん木(呑気)」です。 緊張しっぱなしはよくありません。時には,のんびり,ゆったりと構えてみる余裕もほしいものです。

令和2年5月18日(月)
 「学問のすゝめ」
 「学問のすゝめ」は,福沢諭吉の著書のひとつであり代表作です。最終的に300万部以上売れたそうです。当時の日本の人口が3000万人程だったので,実に全国民の10人に1人が買った計算になります。現在の日本に当てはめると,総人口1億2000万人の10分の1,すなわち1200万冊売れたことになり,100万冊売れればミリオンセラーと言われ大ヒット作品なので,その12倍も売れた本というわけです。
 冒頭の一節である,「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」という文章はとても有名です。この文に対応する下(しも)の句とも言える一文は,「されども今廣く(ひろく)この人間世界を見渡すにかしこき人ありおろかなる人あり貧しきもあり冨めるもあり貴人(きじん)もあり下人(げにん)もありて其有様(そのありさま)雲泥(うんでい)との相違あるに似たるは何ぞや」です。
 これらの文章の意味は「天は人の上に人を造らないし,人の下にも人を造らないと言われています。人は生まれながら貴い(たっとい)とか賎しい(いやしい)とか,上や下などの差別はありません。しかし,今広くこの人間世界を見渡してみると,賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とがいます。その違いは何でしょう。それは甚だ(はなはだ)明らかです。賢い人と愚かな人との区別は学ぶと学ばざるとによってできるものなのです。人は生まれながらにして貴い(たっとい)とか賎しい(いやしい)とか,上や下などの差別はありません。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴い人となり富める人となり,学ばない者は貧しい人となり下人となるのだ」という意味です。
 いろいろな考え方もあるとは思いますが,学ぶことで損をすることはありません。志布志中学校の生徒の皆さん,是非大いに学び,学ぶことで自分の可能性を高め伸ばしていってください。